MY WAY MY LOVE

MY WAY MY LOVE

マイ ウェイ マイ ラブ

2000年3月。MY WAY MY LOVEという新たなプロジェクトがYukio Murataを中心に始まった。
そのライブパフォーマンスは異常なまでの高い評価をうけ、セルフプロデュースで制作された音源とあわせて、日本国内だけにとどまらず世界各地への侵略が始まった。
2004年。USAでのレーベル契約を交わし、”Hypnotic Suggestion:01”をリリース。
最初の全米ツアーを行う。
この事がUSA大手インディーズレーベルの目にとまる事となって新たな反響をうみ、アメリカ最大のダウンロードサイトbetter Propagandaの全カテゴリーDownload Rankingで日本のBANDとしては初となる1位を5週連続で勝ち取る。
鳴り止む事のない大きな称賛をうけすぐさま50本にもおよぶ2度目の全米ツアーを行い、USAインディーズシーンの中で揺らぐ事のない大きな地位を勝ち得るまでとなる。
2005年。衝撃はUSAからEUROPEにも広がり、初のEUROPE TOURを行う。
2006年。EUROPEで新しい音源” It Is But One Of Billions Of Galaxies In Your Universe”を発表。USA最大の音楽見本市SXSW2006へも出演する事となる。
この頃日本でも急速に待望の声は高まり、8月に日本では初となる音源”Nothing is difficult to those who have the will”を発表。
邦楽・洋楽といった既存の小さな枠には収まりきらない世界基準の音楽性と、観るもの全てを引きずり込む圧倒的なパフォーマンスで、一気に日本のライブハウスシーンでも注目を集める。
2007 年。こうした中待望の1st Full Album”JOY”を発表。JAPAN TOURでも成功を収める。
この勢いはUKにも飛び火し、11月にはUKでVynal (Single)”ACUPUNCTURE MAN/KILL YOUR IDOL”とFull Album”JOY”をリリース、2度のUK TOURを行う。
UKではロッククラブのDJからの評価が平均で9ポイント以上という圧倒的な支持を集め、更にはNMEやKERRANGといったUK音楽誌でも高い評価をうけ、「MY WAY MY LOVEは我々に日本のロックシーンの新たな扉を開けてくれた」とまで言わしめる。
2008年4月。2nd Full Album ”a HOLY LAND INVADER”を発表。
そのJAPAN TOURのFINALではチケットがSOLD OUT。彼らの”音”に共感するアーティスト達が周りに集いだし、自主企画”HEROIN”を6ヶ月連続で開催。
同じくチケットはSOLD OUTを連発。さらにその合間を縫って、レーベルメイト達とともに”Maximum Volume Tour”で再度全国を駆け巡る。代官山UNITで迎えたそのFINALでは、多数のオーディエンス、メディアが注目する中、淡々とした日本の音楽市場に新たな可能性を感じさせた。
そして2009年。3枚目となるFull Album”I'll Cure You With Electlicity”を発表。
それは普遍の連発を運命づけられた進化という人間のたくましさの途上に産み落とされた。

official Web Site
http://www.mywaymylove.com/
MY SPACE
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